日々のこと

睡魔

仕事で東京の西へ行ったり東へ行ったり。
電車で昏々と眠る。
今日は千葉方面まで行ったのだが、終着駅でもまだ寝てて、危うく折り返すところだった。寸前で飛び降りる。

これだけ眠れば頭がすっきりしてもよさそうなのに、眠い。
車内で柄谷行人の文庫なぞを読み、面白いなあと思うも、心地よい睡魔が襲ってくる。
著者に失礼だ。名著なのに。
気持ちを入れ替える。

ところでヘーゲルの大著は、思想のおばけみたいな本で、よくぞここまで思考できるものだと感心する。
人間の思考能力には、おそらく限界などないのではないか。
極められた思考。
それを読むということ。
迸る鮮烈な閃きの追体験なのだが、どこまで付いていけるか。
勝負であるが、気付くと寝ているので、負けている。
勝つのだ。

このように、飛びぬけた人間の思考能力は無限大なのだが、一人一人がこうした無限大の宇宙を持っていて、それが交差するのが現実の世界。
現実とは、そのような思考が具現化する世界だとして、無限大と無限大がスパークした結論として存在するのだと考える。
面白いではないか。

俺の思考は、それをどこまで具現化できるか。現実のものとできるか。
寝ている場合ではないのだと自戒する。
そもそも思考がなければ行動もないのだろうか。
謎は深まる。

千葉方面からの帰宅時、早く帰りたくて、ホームに入ってきた特急にそのまま乗る。
特急料金500円は、この際致し方がない。
早く帰ってくつろぐのだ。

東京駅に着いた途端、腹痛に襲われる。
トイレに駆け込むのだが、あやや、これでは特急で短縮した時間が台無しではないか。
これが人生というものだと悟る。

しかし腹痛に見舞われたとき、皆、どうしているのだろう。
俺は冷汗は出るし、第二波、第三波の激痛の度に、もう駄目だ、もう世界が終わるなどと朦朧としながら必死で我慢するのだが、本当にもう駄目だと思われるその寸前に、トイレに間に合ったりする。
これは奇跡ではないか。

あまり、その辺で我慢できずにいた人間というのを見たことがないのであるが、これはよく出来たものだなあと感心する俺は、世間知らずなのだろうか。

まあいい。
ともかく無事に家に辿り着いた俺は、再びトイレに駆け込んだのであるが、眠気も吹き飛んだ。
腹痛は、それ以外のことがどうでもよくなる瞬間を体験できるので貴重である。
とまれ、間に合ってよかった。


ところで「さかな」の新譜が出ていたのね。
全然知らなかったのだが、見かけて即買い。
もうずっと、デビュー時から聴いていて、Pocopenの声が大好きなのだが、彼らの音楽は実によい。
もっと認知度が高まって、メジャー展開できてもおかしくないと思っている。
聴く楽しみがまた一つ増えた。


今日何人かの大阪人と会話したのであるが、やはり彼らの話は面白い。
根底に東京を「江戸」と称して、ある種東京人を侮蔑するのであるが、それはやはり古来首都として機能してきた彼らのプライドがそうさせるのであって、そうした「上方」としての誇りが現代の東京一極集中文化であることとシニカルに交錯していて、そのねじれ具合がそうさせるのだと思った。
彼らの笑いは、その複雑にねじれた心持ち具合が面白い。
「淀んだ笑い」とでもいうのか。
非常に興味深いのである。

暑さについても聞いたのだが、やはり相当なものみたいで、彼らにしても、確実に十年前よりは2〜3度は高くなっていて、異常に暑いと感じるようだ。
どうなっちまってるのだろう。

かくして、今日も終わるのであった。
明日は大事なプレゼンがあるから、くれぐれも眠らないように、もう就寝することとする。


うんこの中心で世界を叫ぶ。


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  1. 2006/08/31(木) 01:07:19|
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プロ・サラリーマン

職場のゴミ置き場にあった「プロ・サラリーマン」なる本に目が行き、ちょっと拝借。
ざっと読んでしまったのだが、大変だなこれは。

24時間365日寝るとき以外は仕事のことを考えなければいけない。
仕事をやり過ぎても死ぬことはない。
休日など不要。
兎に角一ヶ月死に物狂いで仕事だけやってみろということなのだが、その様に記す著者は、志摩観光ホテル元総支配人・総料理長であり、どうもとても偉い人のようだ。

と言う訳で、俺もプロ・サラリーマンの仲間入り!

この人の部下は大変だっただろうな。
仕事のことばかり考えていたらノイローゼになるし、働き詰めは過労死になるし、休日ないと、疲れるです。

しかしながら言いたいことはよく分かりました。
俺も更に性根を据えてやらねばなるまい。

やってるつもりなのだけど、まだまだ足りない。
仕事は闘いだけど、命を取られるわけでもないし、腹切らなきゃいけないわけでもないので、そういう意味では気楽ではないか。

そのような中で、がしりと一発やるだけのこと。
地道な努力を続けて、納得のいく毎日を送ること。
納得いかなければ、いくまでやるだけのことだ。

仕事なのだから、それ位はやってもいい。
かくして、日常とは、地味なのである。
地味を続けていくことが、日常なのだ。

しかしいつもビジネス書を読むと思うのだが、彼らの言っていることの根拠がまるで分からない。
思いつきで言っている。
ビジネス書を何冊もたて続けに読むと、訳が分からなくなる。

そうは言っても、てきとーに楽しててきとーに暮らせば、それなりのものしか手に入らぬということも確か。
それは実感としてわかる。

それでもいいと思うか、いやそれでは納得できぬと思うか。
その違いだけだ。

かくして俺は、「楽してプロ・サラリーマンになる方法」と言う本もあるはずもなく、地道に、しかしながら肩の力を抜いて、続けていくしか道はないと考えた。
負けるわけにはいかぬ。

ところでまた席替え。
最後尾から今度は一番前になりやがった。
この程度で終わると思うなよ。

不敵な笑みを浮かべて俺は寝るのであった。
今、まさに今しか、やるときはない。
このまま終わるわけにはいかぬのだ。

つぼみのままの一輪挿しがあって、いつ咲くのだろうと思っていたら、そのまま枯れちまった。
これは俺としてはショックな出来事なのであったが、くれぐれも自分の身がそうならぬよう、祈って寝る。


神は見ている。


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  1. 2006/08/29(火) 01:20:24|
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今日という一日

午前中は渋谷に通院。
体調がどうにも芳しくなくて、薬を元に戻したと告げる。
つまり減薬するのをやめたのであるが、仕方がない。
仕事きついから仕方ないよ、などと同情される。
でも先生としても、俺がこんな話するのは嬉しくないだろう。
また機を見て挑戦する。
だいたい歯医者にいまだに通っていて、それが原因かもしれない。
蟻地獄に嵌った感がある。
首のこりがひでえなあ。
笑っちまう。

先生から、君の会社きついよ、今死にそうな人いるんだよ、などと話しをするのであるが、ああ、この人がいうのだから、本当なのだろうなあ、と思う。

持ち直せるのか。
いやなら会社を辞めればいいのだと、切に思う。
殺されるな。

診察後、涼しい渋谷を歩く。目指すはユニオン。

今日の戦利品は、先ほど記事にアップした二作品のほかに、

・Steve Lacy 6 / We See Thelonious Monk Songbook
・Ned Rothenberg / Power Lines

の二点。
レイシーは、中古で見かけたら極力入手するようにしている。
彼の音色がたまらなく好きだ。
本作品もよい。
ネッド・ローゼンバーグも中古。久々に聴きたくなった。
聴いたらそれ程でもなかった。

そのまま実家へ。
猫が死にそうで、病院に入院している。
このまま死んじまうのか。
親父に引っぱられているのか。
何冊か実家に置いてある本を詰め込む。

その後、親父の墓参り。

今日はやけに涼しくて、もう夏も終わりなのだと思う。

俺の好きな秋がやってくる。
あの風がたまらないほど好きだ。

そのようなことを考えながら、地元の商店街でカツカレーを食べる。
最近、大手チェーンのバーミヤンが中華屋をオープンさせたものだから、地元中華屋は大打撃。
四件位あるのだが、二件くらいは潰れてしまうのだろう。
寂れた中華屋でカツカレーを食いながら、テレビで巨人戦などをぼんやりと眺め、巨人も野球ももう過去のものだなあと考える。
野球は関西だけでやっていればいい。

aikoの新譜を見かけたが、かつてのビニ本みたいなジャケのような気がして、つい引いてしまう。
これは、レンタル屋で借りよう。

なんだよ、もうすぐ午前三時じゃないか。

今年は怪談話聞くと、絶対に本当に怖いだろうから、聞かないようにしている。

レイシーを聞きながらこのブログをとりとめもなく書く。

とりとめもなく過ぎていく時間、秋を感じながら、俺はまた、眠る。


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  1. 2006/08/27(日) 02:56:40|
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Otomo Yoshihide's New Jazz Quintet / ONJQ Live in Lisbon Feat.Mats Gustafsson

otomo.jpg


Mats Gustafsson:ts,bs
Tsugami Kenta:as
Otomo Yoshihide:el-g
Mizutani Hiroaki:b
Yoshigaki Yasuhiro:ds,tp

これ、いいです。
冒頭のチャーリー・ヘイデンの曲に胸が締め付けられる。
切ない。

マツ・グスタフソン、津上研太の咆哮するサックス。
大友良英のノイジーなギターも炸裂。
電子音もしっかりフィーチャー。

けれども全編を通して、哀愁感が漂う。
やるせない気持ちが、音として表出される。

なんだってこのような素晴らしいライブになったのだ。
これはちょっとした傑作ではないか。

篠田昌已の世界に通ずるようなものを感じた。と言ったら褒めすぎか。

しかしここにある音は、俺の琴線に触れた。
各々のメンバーのベクトルが、完全に一致している。
それは決して窮屈なものではなく、自由に拡散しつつも一点を凝視する。
終盤まで一気に加速する。

ここにある音は、美しい。

ONJQもとい、大友の音にどうにも最近ピンとこなかったのであるが、これは買って正解だった。
実は相当に迷ったのだ。

大友の面目躍如。

このアルバムは、近年の大友作品を代表するようなアルバムの一つであることは間違いない。


浜田真理子とのコラボアルバムの発表が待ち遠しい限り。


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  1. 2006/08/27(日) 01:50:49|
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Willam Parker Bass Quartet Featuring Charles Gayle / Requiem

williamparkerrequiem.jpg


Henry Grimes:Bass
Alan Silva:Bass
Sirone:Bass
William Parker:Bass
Charles Gayle:Sax

タイトル「Requiem」とある通り、偉大なるベーシスト、Peter KowldとWilber Morrisに捧げられた2004年5月31日、Ninth Vision Festivalでのライブ音源。

恐怖のベース四重奏。
チャールズ・ゲイルの孤高の叫びがこれに絡む。

地を這うが如き重低音がこれでもかとばかり鳴り響くのであるが、誰が誰なのか区別は全く付かない恐ろしいアルバム。
ベースだけのカルテットなどというのは、やはり、ウィリアム・パーカーだからこそなしうるのであって、ちょっと普通では思いつかないのであるが、すごいライブをやったものだ。

ウィリアム・パーカーに駄作なしと誰かが言っていたが、このアルバムも、強烈なインパクトあり。

ライブ当日の写真は、これ
壮観、圧巻、強烈な絵である。

Peter KowldとWilber Morrisへの熱い想いが伝わるアルバム。

チャールズ・ゲイルも、相変わらずいい音。
ウィリアム・パーカーとのセッションなんて、久々ではなかったのだろうか、などと感慨に耽る。

ウィリアム・パーカーの度量の深さを改めて思い知ったアルバム。

当分はまりそう。


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  1. 2006/08/27(日) 00:48:31|
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八木美知依 on YouTube

全く激しい。
Jazzと呼んでいいのか。
ノルウェー Kongsberg Jazzfestival 2006 での7月6日の演奏。
Paal Nilssen-Love (drums)とPeter Brotzmann (sax)という超強力トリオでのライヴ映像らしい。(情報はこちら
八木しか映ってないが、一見の価値あり。

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  1. 2006/08/26(土) 23:37:35|
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猫殺しの件、続き

ざっとネットを見渡して、「猫殺し」に、少なからずの人たちが賛意を表明していたりして、こちらとしては戸惑う。
ペットの生殺与奪権は飼主にあるとか、このような記事に踊らされることがまさしく愚衆の証明だとか、お前ら肉食ってるだろとか、人間と動物とは違うとかその他諸々。

単純にむごい、可哀想だ。そう思う人間の気持ちは欺瞞なのか。

俺は犬や猫、もとい動物そのものが非常に好きなので、そうした考えには断じて賛意など示すことができない。

命の尊さを分かっているからこそ、有り難くメシを食う。
生まれてくる命を彼女の手前勝手な理屈で次々と殺し続ける事実を知り、何故冷静でいられるのか。
人間と動物は違うというが、それ程人間は偉いのか。その考えこそ欺瞞であり高慢ではないのか。
違うか?

犬や猫を食用としている民族もいるし、それに異を唱えるつもりもない。
人間は雑食で肉も食わねば生きていけぬ。
俺はベジタリアンになるつもりも今のところない。

人間こそ、理不尽で、手前勝手な理屈を付けて、次々と動物虐待はおろか、人間をも殺戮するではないか。
彼女だけを責めることこそ欺瞞の最たるものという反論もあるだろう。

だがしかし、自分の飼っている動物をである。
ペットを家族同様に考える人間は少なくない。
動物実験場とは、場所も目的も状況も違うのだ。

決定的に彼女の殺しの動機が理に適わない。
彼女の猫殺しを正当化する理由など、何一つ、結局俺の中では見つからなかった。

手前勝手な「生の充実」のために、産んだばかりの自分の子供たちが次々と殺されていく、そのような親猫の気持ちを考える。

この件は、生理的に受け付けられない。

自称「猫好き」らしいが、おそらく彼女の「好き」と、俺の「好き」には、決して分かりあうことの出来ぬ、宇宙の果ての先ほどの深淵なる距離感が存在する。決して埋まることはない。

今すぐ、「愛玩動物」であるところの犬や猫を飼うことをやめてほしい。
もし自責の念が多少ともあるのであれば、将来に渡ってこれ以上の苦痛をなくすためにも、それが唯一取り得る手段だと思うのだ。

それがせめてもの「社会に対する責任」だろう。


未だに胸のむかつきが取れないのだ。


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  1. 2006/08/26(土) 03:48:06|
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猫殺しの件

直木賞作家である坂東眞砂子の「子猫殺し」のエッセイが波紋を呼んでいる。
この腐れまんこ女は真性の馬鹿だ。
(彼女の記事は、「きっこのブログ」に全文転載されている)

彼女の猫殺しの論理が俺には全く理解出来ない。
「愛玩動物として獣を飼うこと自体が、人のわがまま」というのは分かる。
でもそれが何故、生まれたばかりの子猫を家の隣の崖へ放り投げて殺すことへの正当化となるのか。
「本質的な生を、人間の都合で奪いとっていいものだろうか」と言って、避妊手術を拒むのはいい。
だったら最後まで、愛玩動物の愛玩動物としての「生」を見届けてやれ。
それは子猫を殺すことへとは帰結しない。
子猫もまた、愛玩動物として飼い続けることが最低限のルールではないのか。
何故ならば、命が殺されているからだ。
それができないのなら、猫を飼うな。

この女の論理は破綻している。
避妊することと、生まれてすぐ殺すことは同じだという。
これが人間ならどうか。
避妊と赤ん坊殺しには、雲泥の差がある。
まさに他者への想像力の欠如だ。

猫は生き物で、感情があることが、この女には分からないらしい。

「社会に対する責任として子殺しを選択した」そうだが、一体どこの社会なのだ。
お前は何者だ。
タヒチでは、猫殺しが歓迎されているのか。

生まれたばかりの子猫を殺し、これが私の猫を飼うための責任です。などとしゃあしゃあとぬかす馬鹿に付ける薬はない。

このような人間が存在すること自体に、非常な違和感を感じる。
どこまでも自分の都合を押し付ける。
命を絶つことも平然とやってのける。
人間と動物の差なんて、そう大したものではない。

直木賞も地に堕ちたものだ。

そしてこの記事を掲載した日経にも憤りを覚える。
スクープ大好きの日経には、これもまた、格好のセンセーショナルな話題の提供か。
ジャーナリズムの精神など、この新聞社には、とうの昔にないのだ。
一年ほど前に日経の購読はやめたのだが、正解だった。

実に胸糞が悪い。

この馬鹿は、どうやら子犬も殺していたらしい。

感覚の麻痺。
クスリでもやっているのか?

作家なら何をやろうと許されるなどと、くれぐれも思い上がらないでほしい。
ホラー作家は、地で行かなきゃ駄目ですか?

だったら人を殺して本書けよ。

無抵抗の命を奪い、自分は正しいと悦に浸り、それを全国紙に載せて満足か?


次の作品は、是非とも自分の子供を生まれてすぐに殺して、これが私の社会的責任として、発表してほしい。


俺は許さない。


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  1. 2006/08/25(金) 01:07:56|
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三宮麻由子のエッセイ

世界9月号に掲載されている盲目のエッセイスト、三宮麻由子の「想像力の行方と源」を読む。感銘を受ける。(彼女のHPはこちら
彼女の観察力、洞察力、想像力、そして活動力は並大抵のものではない。
彼女がこのエッセイで指摘する、多くの人間の他者に対する「想像力の欠如」は、結局のところ「個性尊重という言葉に秘められた「自分優先」の価値観の蔓延」に原因があるとする。
彼女は自分の身近に起きた具体例を示しながら、そして決して悲観的にはならず、「想像力」養成のために心掛けたいことを記していく。
決して押し付けがましい文章ではなく、逆にぐっと堪える言葉の数々。
俺も自戒しなければならない。

彼女をすごいと思うのは、その盲目というハンディ・キャップを乗り越えて、米国留学、仏文専攻、大学卒業後は外資系の通信社勤務と非常にエネルギッシュな点。そしてそのような日本人は今現在彼女一人だけだということ。
かつエッセイ著書多数。大賞も受賞しているのだから、知っている人も多いのだろう。俺は無知だ。

彼女自身の想像力の源は、鳥の声に耳を傾けることから始まったという。
鳥の歌の違いで、その日の天気や、日の出、日の入りの時間、そして季節の移ろいまでわかる。
今では二百種類以上の野鳥の声がわかり、山野に入れば、森の景色が大体理解出来るのだそうだ。
そうして養成された彼女の想像力は、やはり素晴らしいものなのだと考える。

他者への「想像力欠如」が叫ばれて久しいが、こうして実際に想像力豊かな人間が書くと、説得力が違う。
俺は無性に彼女のエッセイ集を読みたくなった。

俺は気が利かないのだが、やはりそれは他者への想像力が足りないのだ。
想像力の養成。
妄想では、ない。

「思いやり」だけでは駄目だと彼女は言う。
「完全に相手の立場に心を預け」、「相手の状況を想像」することが必要なのだと。

この言葉は、目から鱗。
他者への想像力。
確かに、他者を考えない自我の「思いやり」ほど、やっかいなものはない。

情操論みたいな話になってしまうけれども、根本的なところで、こうした「想像力の欠如」が、他者との断絶を生む原因になってしまうのだろう。
自我に囚われてしまうと、当然のことながら、他者を思い巡らす余裕もない。
そうすると、やはり今の忙しない社会そのものを根本から変えていかないと無理なのだろうか。
LOHAS的な生活様式は、こうした点からも、今後重要視されていくに違いない。
ちょっとした余裕は、本当に大切なのだ。

彼女の言葉には重みがある。
等身大で生きて来た人間が発する言葉には、何者も抗えないような気迫がある。
中身がある人間の発する言葉。

結局のところ、どれ程の「生」を生きて来たかで、言葉の重みは違ってくるのだ。
強い人間の発する言葉は、優しい。

そう、ありたい。
そういう人間に、なりたいと思う。


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  1. 2006/08/23(水) 01:21:53|
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声は、暴力的だ。
破壊的であり、越権的であり、全てを寡占する。

音楽において、声の占める率は、100%かもしれない。
どんなにサウンドプロダクションがしっかりしていても、声が全てを左右する。
どれほどギターを掻き鳴らそうとも、ベースが低音を効かせても、ドラムが叩きまくっても、声が弱ければ、台無しになる。
逆も然り。
少々各パートが下手糞でも、声に吸引力があれば、人は聞き耳を立てる。
感動する。
そして声音を、歌詞を、聞き取ろうとする。
かようにして、声というのは、否が応でも主役となる。

それを敬遠してか、声のある音楽は嫌いだという人もいる。
例えばボーカルの入らないジャズは、各パートに耳を欹てる。
そこから何がしかのテーマを見いだしたり、あるいは純粋に音の音色に聞き入ったりする。
自由に想像を膨らませ、音の空間を楽しむ。

声は、そうした一連の行為一切を破壊する。
声が聞こえてくれば、声は全てだ。
誰もが聞き手にまわり、注目する。
脇役に廻ることなどない。

何故か。
人間が体の中から唯一出すことの出来る音は、声。
各楽器と対峙できるのは、声。
そして常に凌駕する。
人間の音の武器。

左様に強力な音塊に、常に身を晒す歌謡曲、ロック、R&B等々、実は我々の神経は一部麻痺しているのではないか。

声なき声を聴くことなど、流行歌からは到底不可能。
真に耳を傾けるべき声は、何処にあるのか。
埋もれているのならば、それを見つけ出す努力が必要だ。
耳を欹てる。

日常の生活で、声が交差する。
リズムを刻む。
刻み尽くせ。
解体する声。

声に囲まれ生活する。
辟易するほど疲れたのならば、アンビエント。

アンビエントに声がないのは何故か。

声は無限の可能性を断ち切る。
何故ならば、声は人間の音だからだ。
人間は有限な存在。

唄う。
それを聴く。

声を聴く。

歌心について、考える今日この頃。


UA×菊地成孔「Cure Jazz」を聴いて思う。
菊地成孔なぞ、どうでもよい。
インテリ臭くてスノッブで、頭だけの音のような気がする。
UAの声が、それを帳消しにする。
できれば今度は、もっと自然体のジャズでやってほしい。
音が、菊地成孔と喧嘩している。

しかし声の威力。

声が交差するこの世界で、どこに身体を預けられる声が存在するのか。

音楽の世界でも、それはとてもデリケートな問題だと思っている。
音楽だからこそ、と言うべきか。




テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

  1. 2006/08/20(日) 22:30:33|
  2. 音楽
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私的会話

「いやあ、今日はよく頑張った。ちょっと景気付けに一杯行こうか。」

「さすが課長、素晴らしいアイデアですね。
いやあ、発想が違う。素敵だなあ。」

「まあ、そういうなよ。そこ、入ろうか。」

「さすが課長、目の付け所が違いますね。いい店ですよ、あそこは。
本当に課長、感性がずば抜けていますね。」

「まあ、そういうなよ。そんなにいい店なのか。」

「いやあ、あの店は本当にいい店ですよ。
酒はうまいし、ねーちゃんはキレイ。なんちゃって。
今日という日は、もうまさに飲むに限りますね。」

「お前、俺を馬鹿にしているのか。」

「何をおっしゃるうさぎさん!めっそうもございません。
課長好き好き愛してます。
ただ、僕はもう、唯一尊敬できる人間は世界中でただ一人、あなた様でございます。
僕は幸せだなあ。このような人格者と一緒に仕事ができるなんて。」

「お前、喧嘩売ってるのか。俺はうさぎじゃない。
俺は、百獣の王、ライオンなのだ。」

「そうですとも。そうですとも。課長はライオン!がおー。
かっこいいなあ、そのたてがみ。痺れます。
ところで課長、そのような茶色の毛皮を着ていると暑苦しいでしょう。
この四十度を越えるような真夏日に。
ライオンというのは、本当に大変ですね。脱いでしまっていいんですよ。
テイク・イット・イージー・ライダー。」

「お前、こんな公衆の面前でこの毛皮を脱ぐわけにはいかないだろう。
俺は仮にもライオンなのだ。百獣の王なのだ。プライドがあるのだ。
そう易々とはいかないよ。
それに、公衆猥褻罪で捕まってしまうではないか。
俺が捕まったら、家庭は滅茶苦茶だ。崩壊だ。
家族は路頭に迷うことだろう。
会社だって、俺が捕まったら莫大な損害だぞ。」

「課長!考え過ぎはよくないない。ハッピー・エンジョイ・ライフ。
課長好き好き。
さあ、今まさに百獣の王ライオンが、真にそのヴェールを脱ぐ時が来た!
その真相は如何に。
ストリーキーング。
キング・オブ・ザ・キング・オブ・ザ・キング・オブ・ザ・キーング。
この雑踏を駆け抜けろ。
まさに草原を駆けるが如く、課長は真の姿をこの瞬間に見せつけるのだ。
ああ、素晴らしい。今日という日は、なんとかけがえのない一日なのだろう。
マリア様に感謝感激。」

「よーし、わかった。」

「そうこなくちゃ。今、まさに脱いでおります。脱いでおります。脱ぎました。」



「こんにちは。ぴょん。」

「こんにちは。ぴょん。かわいいでちゅね。お名前、なんていうの。」

「僕、うさぎちゃん。ぴょん。よろぴくね。」

「はーい。うさぎちゃん。こちらこそよろぴくね。
どこ飲みに行く?そこ、バニー・ガールいるよ。」

「ぴょんぴょんぴょん。かえるがぴょん。お家に帰るぴょん。」

「うん。わかった。今日はお疲れ様。ばいばーい。」

「ばいばーい。おやすみー。」




テーマ:ショート・ストーリー - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/08/20(日) 05:02:58|
  2. 短編
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寝たー

今日は直帰。午後6時前には家に着くのだが、ちょっと寝ようと思って床に就く。起きたのが午前1時過ぎで、すげー。7時間以上寝てるではないか。
俺は普段かくもこれ程寝られる位の状態で仕事をしているのだろうか。
道理でいつも眠い訳だ。
しかも、またしても眠くなってきた。

遅寝早起きよくないない。
睡眠時間は、確保しないと。

人間は、ショートスリーパーとロングスリーパー、それにバリュアブルスリーパーの三種類に分類されるそうだ(こちらを参照)。
ショートスリーパーは、6時間未満でも平気な人。ナポレオンとか、エジソンとか。
ロングスリーパーは、9時間以上必要な人。アインシュタインは、一日10時間寝たそうだ。
バリュアブルスリーパーは、6時間から9時間が最適な人。

なるほど。俺はロングスリーパー派なのね。
ロングスリーパーの傾向として、脳神経の酷使。独創的で型破りな発想。非順応的で内向的な性格傾向らしい。
発想はともかく、性格はあってるな。
逆にショートスリーパーは、脳神経を酷使しない。悩まない。楽観的・順応的・外交的な性格傾向(こちらを参照)。

つまりこれはどういうことかというと、一日4〜5時間位の睡眠時間である俺は、性格を明るくすればいいのだ。
すくすくと生きていればいいのだ。
こうすれば、寝不足に悩まされることもあるまい。
性格改善計画。

つまり、暗いと睡眠時間も多く必要だということなのね。

なんだかすごく不公平な感がするのだが、これは人間の生体原理なのだから、文句言ってもはじまらない。

性格なぞ、そうやすやすと変えられるはずもなく、つまり俺は惰眠を貪る必要がある訳で、寝よ寝よ。

無理矢理明るく振舞うと、睡眠時間少なくても大丈夫なのだろうか。
アホは、睡眠時間いらないのだろうか。
明るく振舞うと、脳も体も騙されるのだろうか。
そうすると、何が真実なのだろうか。
それとも、ずっと睡眠時間を短くしていれば、勝手に性格が明るくなるのだろうか。

そのようなことを考えるから脳が疲れるのだと反省する。

本当に眠いので、寝る。



テーマ:日記 - ジャンル:日記

  1. 2006/08/19(土) 03:28:05|
  2. 日記
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蒸し暑い

電車と徒歩とバスなどを利用して客先を廻るのだが、さすがに今日の様な蒸し暑い日は、もうだめ。
滝の様な汗が出る。
こういう日に限ってハンカチを忘れ、コンビニでなんだか吸水のよさそうなのを買うのだが、それもびっしょりになる。

あちい。
サウナのような気候だ。へろへろ。

そのような状態で強烈に冷房の効いた電車に乗り、自律神経絶対やられるなあなどと思っているうちに寒くなってくる。
降りるとまたしても蒸し暑い。

なんだこの体に悪いシステムは。

しかし冬よりましか。
自ずと気分は開放的というか、アホになるし、深く考える気分にもならないし、まあ、何より夏はおねーちゃんたちの露出も楽しいので、これでいいのだ。
胸でかいやつ多いなあ、などと考えながら歩く。

しかし俺は、冬の寒さを忘れたくても忘れられないようになっていて、それに比べれば、今はましだ、と常に思う。

暑い暑いといっているうちに、もう今年も半分以上過ぎていて、七時前には日も暮れる。
あっという間の一年だなと、今から思うのは俺だけではあるまい。

時間は加速度が絶対についている。
そのスピード、ますます速まるので、多分本当に人生などあっけないほど簡単に終わってしまうのだ。

このスピードについていけるか。

ところでフリクションのローマのライブ盤が再発された。
未発表曲も追加された完全版。
聴くべし。
スキン・ディープも全曲リマスタリングで再発。
今後の予定として、一通りのアルバム再発と、全曲未発表のアルバムも出るみたい。
こちらもますます加速する。

世の中全部が加速しているのだろうか。

このまま一気に突き進む。
後ろを振り向いていても、そのまま前方に加速しているのだ。
きっとそうだ。

雷が鳴っている。
俺にも稲妻の如き閃光を。


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  1. 2006/08/18(金) 00:07:53|
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ギリシア神話

通勤途上の電車でアポロドースのギリシャ神話などを読むのだが、延々と固有名詞が羅列、羅列でこれ、チャート式にした方がいいのではないか。
そのような中にも淡々と次々に登場人物が殺されていくし、目をえぐって取り出したとか、平然と記述されているし、神話とは、かくも残酷なのであった。ゼウス。ポセイドーン。
バビル二世の主題歌が頭をよぎる。

職場では久しぶりだというのに、これまた淡々としてるし、なんだかよそよそしいし、頼んでいたこともやってくれていないし、馬鹿野郎、お前ら暗いなあ、などと思うのだが、もしかして俺は敬遠されているのか。などとあらぬ妄想を抱いたりする。
暗いのは俺か?
これが現実なのね。
ストレスが必然と高まるのだが、仕方があるまい。俺はここで踏ん張るのだ。
そう自分に言い聞かせながら、誰にも文句は言わせまい、と固く決意する。

パンクス・ノット・デッド。

客先を廻りながら、そういえば墓参りしなきゃなあ、などと思う。
財布の中からふいに生前の親父の走り書きのメモなどが出てきて、しばし物思い。
このメモは、大切にしよう。

今日は暑い中にもうら寂しい感じがして、なんとなく秋の気配を感じる。
地元の多摩川で花火大会があったことを終わってから知る。
知っていれば、無理矢理早く帰って来たのに。

今年は花火も見ることがなく、こうして季節は移ろい行く。

お前は一体ナニジンだ?Stop Jap!
スターリンの歌詞が頭をループ。

今日は終戦記念日。敗戦記念日と言わないのは何故だろう。

高校の国語の教師が言っていた。
岩波書店の「世界」が出版され続ける限り、日本の民主主義は、大丈夫だと。
そのようなことを思い出しながら、「世界」9月号を買う。

しばしの小休止を挟んで、また日常の世界へと舞い戻っていくのであった。

神話の世界と日常は、どこで繋がるか。


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  1. 2006/08/16(水) 00:38:49|
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CDを借りる

ua.jpg


今日は一日ちょっとした所要があったのだが、その合間にもしっかりTSUTAYAなどに行き、CDを借りてくる。

・UA×菊地成孔 / Cure Jazz
・藤井郷子4 / When We Were There
・浜田真理子 / こころのうた 2003.11.21 Live at Gloria Chapel
・浜田真理子 / Live Romance 2004.11.4 at Bunkamura Theatre Cocoon
・Dubsensemania / Versatility

五枚で千円(しつこい?)。
いずれも未聴。
UAのJazzは、どんな感じだろう。
菊地成孔は、理論派の音作りだと思っているのだが、試聴した限りだと、一旦全て解体したうえで再構築。そのようなジャズのスタンダード集で、ただいずれにしてもUAの声はなにものにも代えがたく、魅力的で、あまりその辺りを気にする必要もなく、素直に楽しめばいいのかも。

藤井郷子の新譜がもうレンタルされていた。
これは彼女のカルテットで、マーク・ドレッサー(B)、ジム・ブラック(Dr)、田村夏樹(Tp)と藤井(P)という強力メンバー。
田村以外では、このメンバーは通算八枚目。
割と短めの曲が収録されていて、どのような音なのだろう。

彼女はこのグループとは別に、日本人だけの藤井郷子カルテット(ドラムは吉田達也)、ジャンクボックス、それぞれメンバーが違うNY、東京、名古屋、大阪のオーケストラ、吉田達也とのデュオ、等々多数のユニットがある。
いずれも錚々たるメンツ。
この、人を惹き付ける統率力は並みのものではないと常々思っているのであるが、彼女はやはり器がでかいのだ。
ピアニストでここまでの牽引力を持つ人は、最近では他に知らない。
偉大だ。

浜田真理子のこの二枚のライブアルバムは持っていなくて、買わなきゃなるまいとずっと思っていたのであるが、しっかりレンタルされていたのね。
ラッキーである。
彼女のブログはたまに読むのであるが、俺にはそれよりも、なにより彼女の音楽が好きだ。

残りの一枚何にしようかと迷って、夏はレゲエだべ、などと思いつつ、そういや彼らの2nd聴いてないやと思い、Dubsensemaniaを借りる。
確か1stは、それ程面白くなかったような気がするのだが、つい借りてしまう。
どうかいいアルバムでありますように。

そんなこんなで、休暇も明日一日だけとなってしまった。

ああ、もう終わりかよ。


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  1. 2006/08/14(月) 02:48:38|
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藤井郷子のことなど

俺は基本的にぼけと過ごすのが好きで、本を読んでは眠くなり、音楽を聴いては眠くなり、などという一日を過ごす。
これまでずっと疾走していたのかもしれない。

今回のちょっとした休暇は、いろいろと頭を整理するには丁度いいなどと思うのだが、考えると眠くなる。

そうはいっても一念発起。
やらねばなるまい。


藤井郷子のことに思いを巡らす。
今一番充実した演奏活動を行っているジャズ・ピアニストの一人だ。
六月に怒濤の、CD四枚同時リリース。
今月も一枚リリースした。
クオリティーの高さはおそらく維持したままなので、ファン泣かせ。
六月に発売した中で、唯一スタジオ録音のアルバムが一枚あって、それは聴いた。
やはり素晴らしい内容。

ライブも精力的で、今月発売のアルバムにあわせて全国ツアーを来週から行う。
来月はなんと、沖至とのツアーもある(clopeさん情報。サンクスです)。
ライブ情報は、こちらを参照。

そうした充実した演奏生活を送れる人間というのは、やはり素晴らしい。
俺は演奏家でもないし、ひとかどの人間でもないのだけれど、そうした人間、そうした人生を是非とも歩みたい。

人間には二種類あって、プレイヤーか観衆かのどちらかだという。
俺は誰もが自分のフィールドというものを持っていて、そこで精一杯の「生」を生きる。つまり誰もがプレイヤーだと思っているのだが、大別するとそうなるのかもしれない。

長いものに巻かれて生きるか、人や物事を評論したままで終えるか、あるいは、自分の力で歩みだすのか。

マルクスが資本論の序文で引用しているフィレンチェ人の格言。

「汝の道を行け、そして人々の語るにまかせよ!」

この言葉を胸に刻む。

誰もがプレイヤーである筈なのだ。

忘れるな。


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  1. 2006/08/13(日) 00:17:17|
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FME / CUTS

夏だなあ。
ベランダ越しに空を見上げ、たいして晴れてはいないのだが、そういえばスイカ食ってないな、などと思う。

スイカ食べて、花火みて、海で泳いで、山へ登って、ということは今のところしてはいないのであるが、ちょっと多摩川でもぶらつこう。

ところで昨日念願の広辞苑購入。
とうとう我が家にも広辞苑が来た!
嬉しいのだ。

今聴いてるのは、

FME / CUTS

fmecuts.jpg


Ken Vandermark:Sax
Paal Nilssen-Love:Drums
Nate Mcbride:Bass

FMEとは、Free Music Ensembleの略。
FMEとしては三枚目のアルバム。
Ken Vandermarkは、一頃もろにはまっていて、次から次から彼の作品を聴き狂っていたのであるが、最近はそうでもない。
ちょっと大人になったとでもいうのか、煮え切らないとでもいうのか、バリバリに吹き狂うSaxからは距離を置いているようだ。
一時期は、「シカゴの暴れん坊将軍」などとも言われていたのであるが。
彼の作品群は、こちらのHPに詳しい。

俺はNRG Ensembleの頃の彼の作品や、Vandermark 5の初期の頃の音が好きで、つまりどちらかというと、双頭SaxのMars Williamsの方が好きなのだと気付いた。
案の定、Mars Williamsが久々に発表した少し前の作品、xmarsx / xmarsx は、実に素晴らしい作品であった。
歌舞伎町のジャズ喫茶「ナルシス」のママも、Mars Williamsの方が好きだといっていたのを思い出す。

そのような理由で彼の作品を追いかけることは最近していないのであるが、このFMEは別。
なぜなら、またしても登場、Paal Nilssen-Loveがドラムだからなのである。
もう、彼からは当分目が離せない。

夏だろうと冬だろうと、彼は叩きまくるのである。
彼は生き急ぐ。
疾走する彼のドラムを目の当たりにする今日この頃。

かくも音楽とは人を情熱的にさせるのだ。

Paal Nilssen-Loveは、どこまで走り続けるのか。
そしてどこへ向かうのか。
スイカは食べるのか。

興味は尽きない。

俺は音楽と知り合いになっていて、本当によかったとつくづく思っている。


さて、多摩川だ。


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  1. 2006/08/11(金) 14:37:38|
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夏休み

Puffyを借りに電車で一駅。
店へ入って新譜コーナーの棚を覗いたら、あ、ねーや。
借りられている。
しまった、貸し出し中の可能性があることをすっかり忘れていた。
念のため店員に聞いてみる。
そうしたら、先週盗難にあったとのこと。
万引きかよ。
その可能性も、当然念頭にあるはずもなく、ああ、聴きたい。
と、思う気持ちは募るばかり。
店員が、もしかしたらもう再入荷してるかもしれないとのことで、調べてくれたら、店の在庫にありました。
聞いてみるものだ。

いそいそと家に帰る。
クレジットみたら、ギター・ウルフが詩を書いて、ジョン・スペンサーが作曲して、おまけにギターも弾いてる曲もある。
隔世の感。

ところで肝心のアルバムの方は、まあ、こんなものなのかなあ。
もう少しばかり聴き込まないと、なんとも言えない。

少々しょぼくれた俺は、お口直しにフリー・ジャズのやかましいのを聴く。
そのまま昼寝。

そんな感じで始まった夏休みなのだが、もうずっと何年も寝かしているヘーゲルの「精神現象学」を読もうと思い立ったのである。
果たして読みきれるか。
前回「まえがき」を読んでそこで終了している。


楽しい夏休みにしよう。


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  1. 2006/08/09(水) 22:17:29|
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Big BlackとPuffy

bigblack.jpg


知ってる人も多いと思うけど、Big Blackが再結成、数曲ライブをやるみたい。(CDジャーナルの記事はこちら
Touch and Go 25th Anniversary Celebration at the 10th Annual Hideout Block Party(9/8〜9/10)がシカゴで開催される模様。
なんだか懐かしい。
アルビニはShellacの方が俺は好きだけど、Big Blackもよく聴いた。
リズム・マシーンにベースにギター。バンドとしては本当に最小構成だけど、この上なくソリッドで格好良かった。
当時初めて聴いた時、アメリカにもこんなバンドがあるのだなあと感慨深かったのを思い出す。
兎にも角にもShellacもやるみたいだし、めでたい話。
行ってみたい。
やはり俺はTouch & Go の音には今でも目がないみたいだ。
アルビニ師匠、健在なり。
という訳で、YouTubeの映像はこちら


ところでPuffyである。
新譜が先頃リリースされたけど、聴きたくて仕方がない。
何故かPuffyの曲が頭から離れない。
デビューしたての頃からずっと好き。
キャッチーでポップでロック。
おまけにキュート。
最高なのだ。
ギター・ウルフが途中で出て来るアメリカ版のプロモが異常に格好よくて、いいなあ、あれ(YouTube)。
明日、TSUTAYAで新譜を借りてきてしまおう。

Big BlackとPuffyで俺の頭はぐるぐるなのであった。
おまけにThe ThingとかCharls Gayleとかも割り込んできて、ああ忙しいなあ。


明日から無理矢理夏期休暇。
もうこの時期を逃すと多分休めない。強引に突入。

多摩川でもぶらつこう。


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  1. 2006/08/09(水) 02:33:19|
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大阪

大阪へ行って来た。
そして帰って来た。
いや、暑い。

うだるような暑さで蒸し風呂のよう。
なぜにこのような所で生きていけるのか、本当に不思議である。
感覚が絶対に違う。

高校球児はこのような場所で試合をしているのであるが、よく死なないなあと思う。
熱闘ならぬ熱湯甲子園である。

頭回らないんじゃないか。暑すぎて。
超人か、何も考えていないか。
いずれにしても、殺人的である。

昼にうどん食って美味し。
夜にたこ焼き食って美味し。
食い物は美味いよなあ。

大阪人のあの熱を帯びた底知れぬパワーは、こうした殺人的な気候から醸成されるのだと確信する。
原色好きなのも、よくわかる。
あれだけ暑いと、微妙な色合いなど構っていられない。

そうした俺が驚いてしまうようなことは、特にメディアで報じられることもなく、ローカルな世界で坦々と日々過ごされていくのであるから、やはりこれが日常なのである。

恐るべし大阪。

ところで東京戻ったら涼しいやと思っていたら、こちらも暑かった。
要するに、夏なのだ。
俺がいちいち驚くまでもない話。

さて、名古屋とか大阪行っていたから、仕事が山積している。
明後日から夏休みを申請しているけど、このままだと明日は徹夜なのだろうか。

夏は暑い。
これ基本。

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  1. 2006/08/07(月) 23:02:35|
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人生の掟

・パチンコは、二度とやらぬ。

                           以上

そういう訳で、俺は二度とこれをやらぬことをここに宣言する。

本日、ふらりと立ち寄り、有り金全部する。
死にたくなる。
ああ、虚無感。

過去何度ももうやめます宣言をしてきたのだが、もう、本当にやまめす。

こうやって、ブログに書き込めば、俺はもう後もなく、絶対にやめることになるのだ。

過去に、「Tatsuさん、パチンコやめられないよ。あれ、麻薬と一緒で、脳内にセレトニンやらノルアドレナリンやらが当たると出てきて、それが病みつきになるんだよ」と喝破されたことがあるのだが、しかし、もう本当に潮時。

やめますです。はい。

健康で建設的な人生を送るのだ。

それが出来なくても、せめてこれだけは、もうやめよう。

俺の人生の落とし穴は、これだ。

いや、間違いない。

さようなら。

なーにが、じゃんじゃんばりばりだ。

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  1. 2006/08/06(日) 22:44:59|
  2. パチンコ
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夏ですね

あちい。
という訳で、午前中は渋谷の病院へ。
本日はレコ屋に寄り道もせず、近所のTSUTAYAなどに帰りの電車で寄る。(あ、結局寄っているか)

宇多田の新譜やら中島美嘉やら湯川潮音やら土岐麻子やらYUIやらを借りる。
今キャンペーン中で5枚で1,000円。

これ全部聴けるのだろうかという一抹の不安がよぎったのであるが、えーい借りちまえ。
とりあえず焼いとけ。
多分聴く。

たまにはこういうの聴くのもいいんじゃない。

音楽療法ではないけれど、俺は浜田真理子とか畠山美由紀を聴くと、実に気分が落ち着く。

やはりこういう女の声は良い。

逆に男の歌い上げる声というのは、あまりしっくりこなくて、最近のだとちょっと前だけどジェフ・バックリーとかルーファス・ウェインライト位か。
また、Jandekの激欝フォークには深く感銘を受け、幸せだったのであるが、しかしながら、リリース枚数も40枚以上と半端ではなく、最近は遠ざかっているのではあるが、うむ、なんだかまた聴いてみたくなって来ないか。やっぱり。
実に暗いので、精神衛生上やはりこちらも元気でないと、引きずりこまれてしまいます。
ちなみにJandekの詳しいファンサイトはこちら
しかしDVD出したり、ライブもやってるみたいだけど、大丈夫なのだろうか。
激欝になりたい方はどうぞ。
鳥肌ものです。


今週は、日帰りで名古屋出張。味噌カツ初めて食べた。旨くない。
これは店の問題だと思っております。
土産はういろう。

来週月曜は大阪に日帰り出張。
頑張るべ。

しかし暑いな。
昼過ぎに部屋のエアコンが外の気温37度を示していたけど、本当にそんな感じである。

冷房効かして、ごろごろごろごろ。
読書しよう。

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  1. 2006/08/05(土) 16:14:16|
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Tatsu

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