日々のこと

御茶の水

昼過ぎに起きて、今日は御茶の水へ。
何故かというと、そこにディスクユニオンがあるからです。

CD物色&また爆発。

いや、面白そうなアルバムのあることあること。
勢いでバカ買いしたけれど、当分真面目にカネないので、この辺で暫く打ち止め。

御茶の水は、遠いようで実は近い。
新宿行くより近い。
電車賃も同じ。

感覚的に、渋谷経由というのを常に持つのだけれど、京浜東北線が実に曲者で、相当に便利である。

蒲田から東京駅は、20分位。
今の処に越してきてから二年以上経つけれど、蒲田経由という発想がなかなか出てこないでいるのである。

人間の習慣というのは、デジタルにすんなりという訳にはいかない。

ところで折角御茶の水に来たのだから、天麩羅の「いもや」でも行こうかと思ったのだけれども、迷いそうになったので、目に付いた吉野家で、実に久々に牛丼食らう。

野菜が不足しているのでサラダと、それと味噌汁も追加で注文して、大盛を食らったのであるが、特に久々だなあとか何の感想も出てこないで、ああいつものやつ食ったというそれだけなので、我ながら拍子抜けする。
しかし味噌汁は旨かったな。

狂牛病にでも何にでもなったらよい。
いちいち気にしてたら何も食えないのだよ。

御茶の水は、実に懐かしい処で、俺が浪人時代お世話になった街。
明大の学食を食ったり、丸善とか三省堂とか、そしてユニオンとか、あるいはゲーセンとか色々思い出す。

ユニオンでアーント・サリーの再発LPを買った時のドキドキを今でも憶えている。

ぶらっと歩いて楽器屋がそういえば今もあちこちにあるなと思った。

俺にとってはそうした過去の街でもあるのだが、そういえばあの頃知り合った連中は今頃何をしているのだろう。

顔も輪郭もぼやけ気味だけれども、今思えば、人生で一瞬すれ違った連中であり、それは瞬く間に過去へと押しやられ、今ここで遠くから覗いてみても、もう誰も振り向いてはくれないのである。

列車に乗って、景色を眺めやりながら、そしてそれはあっという間に遠くへと消え去っていくのだけれど、そのような感覚に似ている。

同じ夜空を仰ぎ見ても、もう決して交わることはないのであろう。

俺の記憶の片隅には、彼らが依然として生き続けているが、そしてそうした記憶を抱えながら、俺は生きていくのである。

遠くへ来た。

遠くへ来たのである。
それは過去から現在への時間であり、旅である。

今の俺を、俺は想像していただろうか。

音楽は、常に道連れであった。
これは想像出来た。
もしかしたらそうなるかも。
などと思っていたら、本当にそうなった。

もしかしたら結構孤独かも。
などと思っていたら、本当にそうなった。
というか、一人でいるのが好きではあるのだが。

内向的で、人付き合いが苦手で、おそらく向いていないであろう営業職を選び、それでもそこに留まり続け、そして先週の月曜の朝は、次の土曜早く来ないかな。
などと考える俺は、やはりそれでも営業職を意地でもやるのであるが、さて、異動願いの件は、どうなってしまったのだろう。

そのようなことをつらつらと考えるのであるが、ところで「お茶の水」というネーミングに、皆、疑問を抱かないのだろうか。

「お茶」の「水」という実に摩訶不思議な地名である。
「お茶」の「水」は、何か特別な「水」なのか。

家には「おーいお茶 濃い味」があるが、これは旨いと常々思うのだが、それは置いておいて、「おーいお茶 濃い味」に使う「水」は、これは「お茶の水」である。

「お茶の水」に適格な「お茶」の「水」は、一体何なのだろう。

ウィキペディア辞典にも載っていなかったので、謎のままである。
これはおそらく一生解けない謎である。

一生解けない謎は、おそらく解けている数よりも多い。
俺は謎を謎のままにして、そしてこの世を去っていくのだ。

謎が謎を呼ぶリーインカーネーション。

世界で一番の音楽は何か。
世界で一番のラーメン屋は何処か。
世界で一番の馬鹿たれは誰か。

この世の楽園は何処か。

そもそもお前は一体何者なのだ。

こうして問いかけて、何も答えは見つからないのである。

御茶の水は学生街だが、学生だけが勉学に勤しむと思っていたら大間違いで、寧ろ今の方が俺は音楽にしても読書にしても貪欲になっている。

全く先は読めぬのだから、徒に不安がっても仕方がない。

ただ、前を向いておけ。

爆発しろ。
そのエナジーを溜め込んでおけ。
そう思うのだ。

今朝方書いたブログの件、自分なりに考えた。
俺の炎は消えていないか。

もし消えているのならば、また火を灯せばいい。
そして青白き焔を胸に抱えて、やがて炎上させ、爆発させるのだ。

遅すぎるということは、何事にしてもない。

強烈なキックを、この世界に。


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  1. 2007/02/25(日) 23:02:01|
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午前四時

正確に言うともう午前四時半を回っているが、ミンガスの「Triumph of The Underdog」とブコウスキーの「Old Punk」を観ていたら、すっかり夜も更けた。
どちらも実に面白い作品で、大いに感銘を受ける。

両者に共通するのは、彼らの音楽や、あるいは文学に対する飽くなき情熱だろうか。

ミンガスは人生そのものが音楽であり、ブコウスキーは、それが文学である。

どちらもゼロからのスタートであり、彼らの努力が、情熱が、その才能と相まって、音楽的、あるいは文学的に優れた作品を世に送り出すことに成功する。

どのような有名人であろうとも、最初は当然ながら無名であり、その時、世間から認められなくても、もう諦めるか、否か、である。

二人とも諦めなかったのであり、小さな炎を絶やさず、そしてそれを大きな炎として開花させることに成功したのであるが、しかしおそらく彼らはずっと無名であっても、音楽をやり続ける、あるいは詩・小説を書き続けたのではないだろうか。

別に名声や金を得ることが目的ではない。

そうした表現行為としての芸術に深く突き動かされ、生き抜けた人間のドキュメンタリーであり、生前の動くミンガスやブコウスキーを観て、これはいいものを観たと思うのだ。

ミンガスが、兎に角全てにおいて音楽に叩きつけたこと、あるいはブコウスキーが、詩や小説を書くために、生活費を工面する為に10年以上も公務員である郵便局員で働き続けたこと等、その彼らの情熱に、頭が下がる。

とかく派手な振る舞いが取り沙汰されるのが著名人の宿命であるが、こうした作品を観ると、結局のところ、日々の生活に如何に真剣に取り組んでいるかというところに視点が行き着く。

両者には共通項があって、ミンガスはずっと肌の色を気にして育ってきた。
白人でもなく、純粋な黒人と言うほどの黒さでもなく、自身のアイデンティティに常に疑問を突きつけられながら、そして疎外感を持ちながら、育っていく。
ブコウスキーは、幼少の頃の父親からの暴力がずっとトラウマとなり、そしてそれが顔面のみならずあちこちに出来る痘痕という症状として現れ、そしてそれが彼を孤立化させる原因となる。

両者とも、疎外感や孤独感を感じて育つ。
しかしそれが、音楽、あるいは詩・小説を書くことへの最大の原動力になったのだ。

止むに止まれぬ衝動が、彼らの人生を大きく支配していた。

そして俺は、彼らの偽りのない音楽や小説を読み、深く感銘を受けるのであり、そこには煌くような斬新な世界が開かれているのである。

偉大な人間も、最初は無名であり、地道である。

ブコウスキーの墓碑には、「Don't Try」と刻まれてある。
これは、彼が生前「Who's Who」の紳士録として記載される質問の一つ、人生についての問いに対する回答なのだが、つまり「やろうとするな」、そうではなく、「やれ」(Just Do it!)という意味だとブコウスキーの妻が解説していた。

つべこべ言わず、やれ。
ああしよう、こうしようではなく、やれ。

「今日を生きる」人間と、「今日を生きられない」人間の、決定的な違いである。

胸に響く言葉だ。

俺はこの二本のビデオを観て、つくづく、誰もが葛藤を抱えながら生きていくのであり、それは死ぬまで続くのであり、そしてその中で、生きる意味を見出すために生きるのではないかと思うのだった。

果たして、俺はしがないサラリーマンであるが、そしてそのまま定年を迎えて、そして引退して、老後の生活を送り、そして死ぬのである。

ここにどのような意味を見出すかは俺にかかっているのだが、ではこの限られた時間の中で、もがき続けながら生きることの価値など分かる筈もなく、息抜きだけが人生なのか。
そう自問自答し、音楽も本も映画も糞食らえ。
そう言い放った後、何が残るのか。

「闘争」と「逃走」。

自身に立ち向かったミンガスもブコウスキーも前者であるが、俺は後者である。

モノと情報だけは溢れかえり、そこに何があるのかは俺にはよく分からないでいる。

分からないまま生きる。

それを突き詰めることが「闘争」か。

もう一度、自分の内なる声に耳を傾けてみた。


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  1. 2007/02/25(日) 06:18:48|
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Peter Brotzmann,Paal Nilssen Loveのライブのことなど

一人で勝手に盛り上がっている三社であるが、今週月曜日に新大久保アースダムでライブがあったことを知り、愕然とする。
ライブ評を読むと、やはり相当に凄そうなので、これは是非一度観てみたい。
ライブ評はこちら。(ブログ名「二人を何?2」)
ナマで観てみたいのである。
三社のCD聴きながらそう思った。
でも当分やりそうにないのが残念だ。

ところで、新宿ピットインのスケジュールをチェックしていたら、3/30(金)、3/31(土)に強烈なライブがあることを発見。

Peter BrotzmannにPaal Nilssen Loveに八木美知依、大友良英とか、超強力布陣である。

30日(金) ■ Paal Nilssen-Love: Pit Inn Sessions 2007 ■
ポール・ニルセン・ラヴ(Ds)ペーター・ブロッツマン(Sax)八木美知依(20絃箏、17絃箏)ゲストあり(当日発表)
31日(土) ■ Paal Nilssen-Love: Pit Inn Sessions 2007 ■
ポール・ニルセン・ラヴ(Ds)大友良英(G)ナスノミツル(B)ゲストあり(当日発表)

ゲストは誰だろう。
金曜は期末のどん詰まりで無理としても、土曜には是非とも行きたい。
あ、でも土曜だとPeter Brotzmann観れないのか。
八木も観れない。

まあよい。
またそのうち対策を考える。

しかしこのメンツは本当に強力で、これはこの手の音が好きな人には、たまらないのではないか。
ピットインはさすがに格が違う。

ピットインのスケジュールはこちら

さて、俺は今何をしているかというと、三社のCDの次に、Fred Frithの「clearing」(2001年)を聴いており、これがまた強烈にかっこよくて、痺れている最中。

fredfrith.jpg

やはり彼のギターは半端ではなくかっこよい。

こうして次から次へと音楽は無尽蔵なまでに面白い音が飛び出してくるのであり、やはり興味は尽きない。

昨日はDerek BaileyとTony Oxleyの1975年の未発表音源「The Advocate」を聴いて、痺れたばかりである。

tonyoxley.jpg

絶頂期のBaileyのギターに、Oxleyの縦横無尽なドラミングで、文句のつけようがない。
一曲Oxleyの、Baileyに捧げられた新曲も収録されている。

ところで、本日、目が覚めたならば、7時を過ぎていた。
つまり本来ならば家を出ていなければいけない時間であり、即ち大幅な遅刻である。
目覚ましは三個セットしているのであるが、無力であった。
こうなると開き直りで、ゆっくりと煙草をふかし、コーヒーを飲んで、重役出勤である。

しかしながら、到着するや否や、まわりの冷たい視線を感じながら、俺は、体調の悪さも手伝って、終始無言でいたのであるが、内心は、やばい、やばい、と叫んでおり、そうするとますます体調が悪くなって、今日も早々に退社したのである。

そのようなわけで、明日はきちんと6時に起きたいので、そろそろ寝る。

このままでは痛い目に遭いそうだ。

長い人生、こういう時期もあるのか、などと自身を納得させるのであるが、納得できない自分もいる。

このような素晴らしい音楽に囲まれながら、仕事が体たらくでは仕方がない。

俺は俺の道を歩むということだ。

たとえ何があろうとも。

自分でしか、自分の道は開けないのだと、最近よく思う。


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  1. 2007/02/22(木) 00:44:05|
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禁パチ先生破壊される

破壊されてしまった。
パチンコの魔力は凄まじい。
無念である。
仕方がないので、これからは、少しずつ間を空けていこう。
死ぬほどのめり込んでいるわけでもないので、大丈夫だと思うのだが。

また最初からやり直し。
気負わないで、やっていくことにする。

少し悲しい。

脳が破壊されているのだと思った。
果たして再生されるのだろうか。

ところで俺は、妻が実家療法に切り替えてからというもの、腑抜けのようになってしまっている。
仕事も随分とテキトーだし、大体一週間も倒れるし、体調も良くないし、まあ、自ずと時間が解決するとは思うのだけれども。

仕方がない。
日々坦々と過ごす。

ところで昨日のブログで、自分で書いていて、浦邊雅祥が非常に気になりだして、そういえば今何をしているのだろうと思ったら、三上寛とバンドを組んでいることを知る。

三社(さんじゃ)という名前で、三上寛、浦邊雅祥、石塚俊明の三人。
「無線/伊豆」というアルバムも出していたのか。

sannja.jpg


早速注文。
ついでに高柳昌行も注文。

楽しみである。

しかし不思議に思うのだが、皆、どうやってライブ情報を入手するのだろう。
俺が学生の頃は、「シティロード」という大変便利な月刊誌があったのだけれども、今だと「ぴあ」にこの手のミュージシャンの情報も載っているのだろうか。

今度調べてみよう。

それにしても、しかし何だろうか。
やはり俺は、妻がいなくなって、張り合いを失くしてしまったのかもしれない。

昨日てっきり帰って来るものとばかり思っていたから、やけに落胆している。

そうして、夜も更けていくのである。

本を読みながら寝よう。


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  1. 2007/02/20(火) 01:24:31|
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高柳昌行 / 死人

shibito.jpg


吉増剛造(朗読)
高柳昌行(ギター)
翠川敬基(チェロ)

高柳関連で、また「新作」がリリースされる。
2月21日発売予定で、JINYAから。

どのような音かといえば、こちらをどうぞ(disk union のHPで試聴できる)。

かつてないリリースラッシュであるが、しかしここで聴ける高柳のギターは、やはり鬼気迫るものがあり、これはじっくり聴き込みたい。

試聴する限り、これは吉増の朗読と高柳のギターとの壮絶なバトルであり、貴重なドキュメントである。
これがノーカットで収録されているというので、興味は募るばかり。

1984年の録音。

高柳を更に知る為に、このアルバムは是非とも押さえておきたい。
しかしなんというテンションの高さなのだ。

現代の狂人、サックス・プレイヤーの浦邊雅祥をふと思い出した。


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  1. 2007/02/18(日) 23:58:23|
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DVD三昧再び

金曜日、復活。
でも多少ふらついたり、貧血気味。
頭痛とかいろいろ不快な症状もあるし、まだ無理するのよそう。
そのような訳で、直帰。
新宿ユニオンへ。面白そうなのいろいろあるな。
バカ買い。
やっちまった。
来週から超緊縮財政。

帰宅後、DVD三本観る。
念願の「ストレート・ストーリー」と「コーヒー&シガレッツ」、それに「REM」というB級精神錯乱サスペンスもの。

なかなかに面白い。
特に「コーヒー&シガレッツ」のイギー・ポップとトム・ウェイツの短編が面白い。
いや、やはり、煙草とコーヒーというのは、いいものだ。
これだけでも生きる価値あり。

土曜日、DVDは10時までに返却すれば良いわけで、早起きして蒲田まで。
しかし時間帯が悪いな。

否が応でも何軒ものパチンコ屋の開店前の行列を目撃するのであり、ちょっとだけなら、なあ、ちょっとだけならいいだろう、勝ってすぐやめればいいんだよ、という悪魔の囁きをなんとかこらえる為に、すぐ傍のドトールに入って、煙草とコーヒー、それにサンドウィッチで気持ちを落ち着かせる。

ああ恐ろしい。

10時になっていて、TSUTAYAも開店していて、また三本借りる。
ミンガスのビデオにブコウスキーの「Old Punk」、それに今話題の「Death Note」。

とりあえず「Death Note」観たけれど、結構面白いね。
割と頭使うな。

でもドラえもんの道具の「あらかじめ日記」と同じだよなあと思いつつ、原作は漫画だし、まあ、あまり深く考えるまでもないと思うのであった。

さてこれから、一眠り。

今「集中講義!日本の現代思想」(著 仲正昌樹)を読んでいて、面白い。
帯に「80年代に何が起きたのか?いまや右も左もバカばかり!論壇の迷走の原因を80年代の思想ブームに探る、著者渾身の書き下ろし」と、NHKブックスはセンセーショナルに謳っている。
確かに自分も浅田彰を読んで、訳もわからぬまま、そのままずぶずぶと色々と読み漁ったクチであるので、そういえば、最近はネグリの「帝国」は面白かったけれど、かつて程の熱は世間では帯びていないのであり、この先どうなるのか。
でもそれを探究するのが各人の課題ではあるのだから、あまり「あなた任せ」的な態度は当然ながら批判の対象になるのだけれど、「ポストモダン」て何?というのを再考するためにも、この本は手軽に読めて、いいかもしれない。

起きたならば、読書に勤しもうと思うのであった。

今週末は、徹底的に聴きまくって、読みまくろう。

やはり何でも徹底しないと気が済まないのであるが、その範囲が限られてくるのが問題なのだと、自分でも認識している。

興味のないことは、本当にテキトーなのだ。

まあ、そんなものか。
(やっぱりテキトー)


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  1. 2007/02/17(土) 16:39:08|
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うーん

今日は体調良くなかった。
やけに気分が落ち込みやがる。
一体どうしちまったのだろう。

早々に仕事を切り上げて帰宅。

参ったな。

また療養か?

しかしGlaxo Babiesの初期音源集をアマゾンで発見したのと、友人からのメールを見て、少々復活。

ユニオンに大量に気になる新譜が入荷している。

これは週末行かねばなるまい。

そのようなことを考えていると、気分も良くなる。

楽しいことばかりならば、それは楽しいに違いない。

しかし今までならば踏ん張れた仕事が、踏ん張りがきかず、落ち込む一方で苦しいのはどうしたことか。

おかしい。

とっとと寝よう。

寝薬が一番。


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  1. 2007/02/15(木) 23:48:17|
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家帰ったら寝てた

18時過ぎに寄り道もせず家に帰り(今日は直帰)、ミンガスの「at Antibes」を爆音で鳴らし、さて、シャワーでも浴びた後、PCでCD検索でもしていたら、不覚にも横になって寝ているのであり、あれ、もう21時過ぎているし、二時間位うたた寝したか。
寒いや。

俺はコーヒーを飲んで目を覚ました後、再び「at Antibes」を爆音で聴いているのであるが、やはりミンガスはいい。ドルフィーのサックスもいい。
こういうのを至福の時間とでもいうのであろうか。

なんだか楽しくなってきたぞ。

帰り道、渋谷に寄るべきかどうするかずっと悩みつつ、いや、真っ直ぐ帰ろう。DVD観よう。それに疲れているし。
などとつらつら考え、新橋で銀座線を降り、京浜東北線に乗り換え、そして家路に着いたのであるが、ああそうだ、夕飯食おう。
蒲田駅の改札横にある旨い立ち食いうどん屋で、天玉うどんを食らい、あれ、なんかお釣りが50円多いような気がするが、いいや、ラッキー。などと思い、ここでまた本屋に寄るべきか迷い、いや、今日は帰ろう、DVD観よう。疲れているし。
などと考え、本当に寄り道もせず家に着いたら、速攻のうたた寝なので、ああ、DVDこれから観るか、でもミンガスも捨て難い、などとつらつら考え、こうしてブログに日記を書きつつ、さて、今からDVD観ると、寝るのは午前1時位か。

「変態男」はどんな映画かな。

などと、のほほんと考えているのであるが、まあ、こんなものだ。

そういえば、今日の昼飯は、久々に超弩級のまずさのラーメンで、しばらく本当に気持ちが悪く、なんで金払ってここまで気持ち悪くならねばならぬのだ。
怒りが込み上げてくるのであり、悲しくなってくるのであり、二度とあの店には立ち寄るまい。

隣の中華料理屋が大繁盛で、立って待つのは嫌だったので、それですぐそばのラーメン屋にしたのであるが、ドアをがらがらと開けた瞬間、客ががらがらと、誰もいなかったので、嫌な予感がしたのである。

まあよい。

さて、家には一週間前に買った「さぼてん」のとんかつ弁当が食うのを忘れて買ったまま放置状態であり、しかし今から食うのも危険なのではないか、などと考えているうちに時間だけは過ぎていくのであり、いい加減に捨てなければならぬ。

ああ、豚に申し訳ない。
きちんと食べなくてすまなかった。
君は犬死である。
豚なのに。

そのようなことを考えながら、今日もまた過ぎていくのであるが、ところで俺はアムネスティのブログだけは出来るだけ毎日欠かさずRSSでチェックしているのであり、何故にアムネスティかといえば、俺が信用できるNGOはアムネスティくらいであり、そして日本のメディアでここの記事を「アムネスティ通信」というコラムでずっと取り上げて来たのは「世界」だけであり、要するに馴染み深いからである。

The Pop Groupの曲名でも取り上げられているので、尚更である。
ここを覗けば分かるように、世界は問題だらけであり、俺がとんかつを食い忘れることなどどうでもよいのである。

「アムネスティ」と「世界」は、俺の、この世界との繋がりの道しるべでもあるわけだ。

そして、そうしたこととは何の脈絡も関係もなく、「変態男」をこれから観ようと思っているのであるが、しかし気色悪かったら嫌だなあとか、もう夜も遅いじゃないか、などと考え、しかしこれも唐突であるが、今日はバレンタインデーだったのね。
まあ、俺には関係ないけど、今時、この日に愛の告白を真面目にする人はいるのだろうか。
馬鹿じゃなかろうか。

と、不謹慎にも考えるのだが、でも愛の告白をされても気が重くなるだけだなあと思う俺は、別に告白をされてもいないので、考えるだけ俺が馬鹿である。

妻に先日貰ったので、それで十分である。

さっきのコーヒーのせいか、腹が痛くなった来たな。
そういえば、最近また歯が痛いのだが、敗者ではなく、歯医者は嫌いである。

自然に痛みが取れてください。

それにしても、ミンガスである。

「Blues & Roots」と「Pre Bird」がまだ聴いてない作品のなかではいいらしいので、週末、渋谷にCDでも買いに行こうか、などとぼんやり思う今日この頃。

禁パチは続いております。

禁パチ先生。

ギャグのセンスが足りないと思うのである。


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  1. 2007/02/14(水) 22:43:58|
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静養終了

ダウンして休暇を申請し、さて、明日11日振りに職場に戻ることになる。

やらねばならぬ。
やってやろうじゃないか。
そう思うのだ。

もう退路は絶ってある。
後には引けぬ。
俺は当たって砕けろの精神で突き進むのだ。

自分の蒔いた種だ。
自分で刈り取ろう。

本日、妻の実家を訪問。
大分元気そうな妻を見て、ほっとすると同時に、俺がここで踏ん張らねばならぬと切に思う。

俺が倒れるわけにはいかぬのだ。
(倒れたが)

俺自身の先行きの不安は勿論あるけれど、あれこれ考えても始まらぬ。
死ぬ気になれば、なんだって出来るのではないか、そう思うのだ。
俺は本気を出していない。
そう思うのだ。

休養したおかげで、大分立ち直った。
狂って自爆するまで、行き着くところまで行くだけではないのか。
あとは爆音をかますだけである。

パチンコ依存の克服も課題の一つであるが、これも必死に耐えるしかない。
クスリに手を出さなかっただけでもラッキーと思え。
しかしこのやらない時のイライラ感というのは、予想以上に強烈である。

先日、12万程取り返してやったが、それでも収支は大幅マイナスであり、兎に角これを機に、今、やめるのだ。

パチンコ中毒というのは、あまり認知されていないけれど、やめるのは予想以上に難しい。
大当たり中に脳内に分泌される快楽物質ドーパミン、あるいはやはり快楽、沈静作用のあるエンドルフィン等の脳内物質が大量に放出されるため、この快楽を求めて、再び店に足を運ぶことになる。
そして散財の一方である。
胴元(ホール側)が負けることなど在り得ないのだから、打ち手だけがギャンブルであり、しかも相当に勝率が低いにも関わらずまた行ってしまうのは、この脳内麻薬物質の影響でもあるのだ。

YouTubeでアップされているパチンコ依存の映像はこちらこちら

したがって、原理は薬物中毒と一緒であり、兎に角必死で耐える。
これしかない。
通院中の医者にも相談したが、特効薬はなし。
自助グループでの集団療法のみだそうだ。
それでもいいのだが、俺は自分ひとりでトライすることにした。

おそらくだが、煙草よりは簡単にやめられるはずだ。
煙草の精神依存の程度は、ヘロインと同等という意見もある。

イライラがあまりにひどければ、幸いにして俺はマイナー・トランキライザーであるレキソタンを服薬しているから、これを頓服代わりに飲んで落ち着かせるしかない。

今やめないで、いつやめるというのだ。

パチンコ如きがやめられぬ人間が、何事かを成し遂げられると思うな。
そう自戒するのだ。

さて、妻のためにも自分のためにも俺はパチンコをやめるのであり、そして、仕事をまっとうするのであり、他にもやるべきことは山のようにあるのであり、糞ったれ、ここが勝負の分かれ目であると考えており、今、また強烈なイライラ感が襲ってきたが、兎に角耐える。

俺の尊敬する人間に、パチンコ野郎は一人としていない。
ちょっとでも、理想に近づくための困難を、こうして乗り越えて行くのだ。

好きな音楽、好きなミュージシャン、あるいは思想家、作家、あるいはギター、写真等、興味は尽きぬ程ある。

自身を見失わないうちに、ここで必死に耐えるのだ。

明日も明後日も明々後日も勝負である。
所詮人生そのものがギャンブルのようなものだ。

この勝負、勝っても負けても、どかんといこう。
どの道、パチやってる暇などありはしない。

負けてたまるかバカヤロめ。

コルトレーンが無性に聴きたくなってきた。


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  1. 2007/02/13(火) 01:10:05|
  2. パチンコ
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「変態村」を観る

CALVAIRE01.jpg


非常に面白い映画である。
常軌を逸した村人たちの「愛の物語」であり、そしてそれはこの村に迷い込んでしまった主人公の「受難」(原題「CALVAIRE」)を意味するのだけれども、この世界は狂気であり、そしてそれが端的に表現されていると思うのである。

村人は男だけであり、そして主人公は男であるにも関わらず、誰もが逃げて行った宿屋の妻であることを疑わない。

おそらく村人たちの誰もが彼女を愛していたのであろう。
全てにおいて狂っているのであり、その精神世界を堪能できるのであり、ある意味傑作である。

この不条理の世界をどこまで楽しめるかどうかで、この映画の評価は大きく左右されると思う。

映画の中盤で、前衛ピアノ音楽をバックに、村人たちが踊り狂うシーンがあるのだが、圧巻である。
この狂い具合が強烈なのだ。

「カルバリの丘」を連想させるシーンも挿入され、主人公はさながらイエスであり、そして「受難」を強いられるのであるが、どこまで我々がイメージを膨らますことができるかが勝負の分かれ目。

最後まで意味深な映像が綴られ、そして映画は幕を閉じるのである。

TSUTAYAではスプラッター映画にジャンル別けされていたけれども、これはそのような類のものではないことは確かで、それを目当てに借りた人たちは肩透かしを食らうだろう。

だいたい邦題のタイトルも強烈だが、果たして本当にこれでいいのかと考えてしまう。

いずれにしても一見の価値はある。

ハリウッド映画の分かりやすさからはほど遠いけれども、この欧州特有の意味深なまま終わる真の映画好きならば、見ていて損はしないと思うのだ。

俺はすっかりこの映画の監督であるファブリス・ドゥ・ヴェルツが気に入ってしまったのだけれども、同時に借りた「変態男」は彼の作品ではなく、しかしなんだって俺はこのような作品ばかり観なければいけないのかなどという疑問もあるのだが、だいたいリンチの「ストレート・ストーリー」もジム・ジャームッシュの「コーヒー&シガレッツ」もまた借りてきているのであり、それは前回未見のまま返却してしまったからであり、今度こそは観ようと思うのである。

金曜までに返却しないと。
「ストレート・ストーリー」は、確かこれで三回目のレンタルである。
いい加減に観なくては。

穏やかな天気が続いたが、さて、このようにして、俺は狂気の世界を彷徨っているのであった。

やはり「ポケモン」を観るべきである。

「ハウルの動く城」でもいい。

社会復帰なのである。


テーマ:DVDで見た映画 - ジャンル:映画

  1. 2007/02/12(月) 23:39:50|
  2. 映画
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「血と骨」

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遅ればせながら崔洋一監督の2004年作品「血と骨」を観る。

おそらく原作では、主人公の生い立ちやらそれまでの人生の生き様等詳細に描かれているのであろうが、この映画は、そうしたものを一切捨て去り、ひたすらに主人公の現在の「暴力性」をクローズアップする。

自身としては韓国映画の「オールド・ボーイ」を想起したが、そこまでの逼迫感は感じられない。

何故に主人公の金俊平は残虐なのか、そして金に執着するのか、そうした疑問点は最後までわからぬまま終わる。

ただひたすらに自身の「我が儘」を貫き通した男の描写であり、それは身内への暴力であり、不幸であり、最終的には孤独な死である。

ここにメッセージ性というものはおそらく無いのであり、あるとすれば、ただこのような人間がいたという、その一点である。

映画の脚本には矛盾点や疑問点というのは付き物だけれども、この映画に意味を見出すとすれば、重厚なる暴力に支配される家庭の悲劇の圧巻性だろうか。

金俊平はどこまでも暴力を貫き通すのであり、それを我々は受け止めることになる。

戦後間もない「在日」の生活風景を垣間見られるのは興味深いが、おそらく映画ではここに焦点を当てていないから、そこに日本社会との軋轢やら差別との闘い等は見えてこないのであり、むしろ「在日」内での生活風景に物語は終始するのである。

主人公の暴力性を描き切るという点において、この映画は成功しているか。
確かにそれは時間の経過も感じさせない重厚性を持つのだけれども、ただそれだけである。

そして難を言えば、主演のビートたけしの存在感が、少々弱く感じた。
おそらく原作では、主人公はもっと恐ろしい存在だったのではないか。
また、息子役の新井浩文も弱い。
肝心の二人が弱いため、本来意図したであろう、それでも家族の「血」であるという設定が、ぼやけて見えてしまう。

それ以外の俳優人、妻役の鈴木京香、長女役の田畑智子、また、怪演ともいえるオダギリジョー等は、素晴らしい。

ただし、いずれにしても、今の自分にはあまり意味を見出せない映画であり、また、かといって痛快無比でも、また、とんでもなく尋常でない物語でもなく、手に汗握る訳でもなく、ただ「暴力」の虚しさを感じるだけである。

「我が儘を貫き通す」ことは、一つの美学だとは思うけれども、この映画では、それは美しく描かれてはいないのであり、行き着く先は、「孤独な死」であるが、それも胸を打つほどの結末でもない。

「暴力」のエナジーを感じ取ることは出来ても、それだけであり、その意味において、これは成功していない。

胸糞が悪くなる程の残虐性を、どうせならばもっと突き詰めればよかったのだ。

「在日」と「暴力」が程よい加減にブレンドされてしまっていて、中途半端である。

「暴力」を描くのであれば、もっとそれを徹底的に追求してもよかったのではないか。

「圧倒的な暴力」を映画としては描き切ることを意図したかもしれないが、自身としては物足りないのだ。

「血と骨」というタイトルは、「血は母より、骨は父より受け継ぐ」という朝鮮の巫女の歌の一節から取られているそうだ。

その意味では、この映画はそのメッセージを伝え切れていないのであり、「家族愛」が真のテーマだとしたならば、その真意を汲むのは難しいであろう。

ただしかし、何かずしり重たいものをじわじわと感じているのであり、それはこのような破天荒な人間の生き様が、やはり最終的に家族との絆を求めながら、それを果たせることもなく死んでしまうという、一種の虚しさから来るものなのかもしれない。

実にやりきれない映画である。


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  1. 2007/02/10(土) 01:15:58|
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Milesのことなど

俺はマイルス・デイヴィスを本格的に聴いていない。
ぽちぽちと主要なアルバムを聴いている程度で、多分10枚程度じゃないか。

ミンガスとかマイルスとか、その辺りも今年は聴き込んでいこうと思う。

そもそも俺のジャズは、コルトレーンに始まり、そこからフリージャズな世界へと展開したのであり、メインストリーム系のモダンジャズというのは、あまり聴き込んでいない。

そのような経緯もあって、マイルスは、これからな状況。

本日、気分転換に新宿歌舞伎町のジャズ喫茶、夜は飲み屋の「ナルシス」に無理矢理行ったら、マイルスのカーネギー・ホールのライブ盤がかかっていた。
ギル・エヴァンスとの共演で、61年録音。

miles.jpg


なかなかにいいので、やはりマイルスも系統立てて聴かなくてはなどと思った次第。

本日は、新宿ユニオンにも寄っていて、マイルスの最近出たDVD「European Tour 1967」も中古で安く入手していたところ。

勢いで、ナルシスを出た後、タワーで、10枚で1,500円もしないマイルスの50年代中心のボックスセットも購入した。
ポイントカード使ったら、410円だった。
やけに安いのである。

他にも色々と購入したのだが、いちいち書くのはどうかとも思うので、今後はもう書かない。
気に入った、あるいは気に入らないアルバムの感想だけにする。

ところでナルシスのママはいつ行っても気さくな人で、俺はもう二年以上は行っていないのに、覚えていてくれたのは嬉しかった。

マイルスのこのカーネギーのジャケが、などと話しかけてくるのであり、楽しいのである。

これからもぼちぼち行こう。


今聴いているのは、上記とは何の関係もなく、「Tim Berne's Fractured Fairy Tales」。
89年発表。

fractured_fairy_tales.jpg


BassはMark Dresserであり、Hank RobertsがCelloであり、Joey BaronがDrums等々、豪華布陣である。

今現在展開しているTim BerneのScience Frictionに代表されるような独特なグルーヴ、タイム感覚、リズム感ではないけれど、これはこれで面白い一枚。
メンツがメンツだけに、飽きはこない。
アヴァンな世界が展開されるのである。


さて、気晴らしに歌舞伎町などに出かけ、まあなんとかやっていけるのか、などと考えており、職場の携帯が何度か鳴り、その度に憂鬱な気分になったりするのだけれども、しかし生きていくためには働かなくてはいけないのだから、これはやはりここで踏ん張るしかないのである。

今後どうなるかは俺次第。

大分、立ち直ってきたか。


私信だけれども、ほりうち君とclopeさんには感謝しています。
やはり、持つべきものは、友。

妻にも感謝している。

俺は恵まれていると今日思った。


ところでこのブログ、なんだかんだでもう一年経っていた。
結構続くものだ。

これからもどうぞよろしくお願いします。

パワー全開、そうなる時も、そうでない時もあるけれど、気ままに綴っていこうと思います。


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  1. 2007/02/08(木) 00:59:50|
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ダウン

どうも心身のバランスを崩してしまったらしい。
昨日から会社に行っていない。
今週丸一週間の休暇を申請した。
医師の診断書も入手。

気分の落ち込みがひどく、じっとしていると苦しくて仕方がない。
かといって音楽を聴く気分にもなれない。

静養する。
ちょっといろいろなことが重なりすぎたか。

パチンコをすると気分が紛れるが、散財の一方だし、負けが込むので更に気分が落ち込み、何が何やらトーキョー・ピーポー。わけがわからない状態である。

おねーちゃん付きの店にでも行って気分転換でもと考えみたが、全くそのような気分にもならず、大体ああいうところは俺の場合、こちらが気を遣ってしまうので、全くどちらが金払ってんだか訳がわからなくなるのである。

こうして書き込んでいる間も気分が落ち込むのであり、鬱状態であり、これが長引けば本格的な病気になるのだけれど、多分大丈夫だとは思うが、しかしますます職場にいづらくなるな。

まったく、俺がこんな状態ではどうしようもない。

今まで、奇跡的に働き続けて来たが、妻のサポートのおかげでもあったのだなと思い知る。

別に希死念慮とかはないので、極めて軽い症状であるけれど、しかしこれは不快な気分である。

全然知らなかったのだが、チャールス・ミンガスは鬱病か、躁鬱病のどちらかを患っていたらしい。
ミュージシャンはこの手の病に罹る割合が高い。
皆繊細なのである。

別に俺はミュージシャンでもなんでもなく、そして繊細でもないだろうから、おそらく回復するだろうけれど、しかし一体どうしちまったんだろう。

全てにおいて嫌気がさし、そしておっくうである。
そして苦しいのである。

とりあえず、寝るか。

ちょっとばかり疲れているのだろう。

「呪怨」を観たのがいけなかったのかもしれない。
気色の悪い映画である。

「サイレントヒル」を観たのがいけなかったのかもしれない。
気色の悪い映画である。

「ポケモン」でも観ておけばよかったか、などと思っているのだ。


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  1. 2007/02/06(火) 16:35:11|
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パチンコやめる(笑)

もう笑うしかないのである。

朝八時半から並び、整理券入手。
十時の開店で速攻で、出そうな台を確保。
前々日17回、前日21回の当り台。
これは上向きで、今日は更に出るに違いない。
今日こそ10万円コースかな。

しかし、あに図らんや、打てども打てども、出ないのである。
シマでただ一台、1000回ハマリの「海」があり、はい、それは私です。

打っていて、実に馬鹿らしいのであり、いや、本当に出ねーなーなどと一人思い、笑いが出てくるのであり、泣けてくるのであり、自嘲三昧なのであり、このままでは本当に金は飛ぶ一方だし、しかし出ないのね。

徹底的にやるしかないと思った結果がこのような惨敗である為、とほほである。

だめだこりゃ。

俺、こんなことしている場合じゃないのだ。

傷心の気持ちで、帰りに本屋により数冊の文庫本等。
CDも前述の記事通り。

TSUTAYAに寄って、「サイレントヒル」とハリウッド版の「呪怨」を借りる。
今日は一人で怖がろう。

そういえば最近、文芸もの観てないな。

頭が弱くなってきている気が。

あ、もとからか。

それにしても、明日に繋がらない一日である。

ところで、ドストエフスキーは賭博に異常にはまっていたらしいが、別に俺は彼と一緒にするつもりは毛頭ないけれど、ギャンブルは、人を狂わすね。

俺はもともと狂っているので、これで正常に戻ったか。

パチンカス野郎など、クズである。

パチンカスとパンクスは違うのである。

学生時代、パチンコ・ロックという曲を当時先輩が作っていて、俺もギターを弾いた覚えがあるけれど、しかしそのようなことは今は置いておいて、もう、儲からないし、散財の一方だし、懲り懲りなのである。

こうして、またしても30兆円産業に貢献したのであり、北朝鮮への不正送金に貢献したのであり、時間を浪費し、カネを浪費し、人生を浪費したのであるが、これもまた人生か。
あはは。

潮時であるな。

以前、競馬で、10万以上スパンとスッたことがあるけれど、それ以来競馬はやっていなくて、今回も、もういいや、と思っている次第であり、本当にもういいです。

ありがとうございました。


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  1. 2007/02/04(日) 18:57:09|
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本日購入のCD

本日は一枚だけ購入。

Paul Bley / Introducinng

1953年録音。
ベースはミンガスで、ドラムはアート・ブレイキーという豪華なメンツであり、「決定的な名盤」なのだそうだが、確かにかっこよい。
ミンガスのベースにどうしても耳がいく俺としては、この際徹底的にミンガスを収集しようと思っている。

ポール・ブレイのピアノは、なるほど、これが処女作品なのか。

ブレイのスタイルも、最初はこうしたスタンダードな音を出していたのか。
人と共に、音は変遷していくといういい例。

ところでこのアルバム、定価が千円で、更に一割引だった。
随分と安いな。


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  1. 2007/02/04(日) 17:57:59|
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真夜中の訪問者

昨日深夜、ほけーとネットなどを閲覧していたら、玄関先でがさごそ音がする。
誰かと思ったら、実家で療養中の妻だった。

午前二時である。
しかしどうしても来たくなったという。

妻が実家療養に切り替えて二週間経つのだが、しかし、やはり一番苦しいのは彼女なのだと改めて思う。

俺は何か雷にでも打たれた感覚を持ったのであるが、これはパチンコなどで逃避人生を送っている場合ではないと思ったのであり、俺がしっかりとしなければどうにもならぬと、今強く思っているのだ。

まあ、たまには息抜き程度のパチンコもいいとして、それにしても俺はしっかりしなければならぬ。

そのようなことにうつつを抜かしている場合ではないと、今改めて思うのであり、さて、そうとなれば、軌道修正だ。

俺に会いたくなったと妻は言うのであり、しかしその俺が体たらくの有様では格好が付かぬ。

気合いを入れ直した。

家にあるノラ・ジョーンズの新譜を見て、これは私も買ったよなどと言う妻に、何も心が動かぬ筈もない。

ラモーンズのロックンロール・レディオが聴きたい。
クラッシュが聴きたい。
そう言うので、ラモーンズのベスト盤やらライブ盤やら、あるいはクラッシュのスーパー・ブラック・マーケット・クラッシュを手渡し、ついでにジャムのファーストも手渡したのである。
ジャムのビートは最高だ。
分かってくれるかな。

!!!のセカンドはいいよと言うのだが、そうなのか、俺はこの前ファーストを売り飛ばしてしまった。
こんなことならとっておけばよかった。

時間も時間なので、居ないとなれば実家が心配するだろうから、タクシーを呼んで、帰宅の途へ。

家にあるアコギを担いで、妻は実家に戻って行ったのである。

さて、俺としては、やはり何か期待に応えたいと思うのが人間の道理とは思うのだけれども、今ミンガスのMingus,Mingus,Mingus,Mingus,Mingusを聴いて、つくづくかっこいいと思っているのであり、その様な格好の良い生き様、仮にそれが駄目に終わったとしても、その様な気概だけは、忘れてはならぬと、切に思うのだった。

先週の一週間は、殆ど手抜きの仕事振りであったのだけれど、何か魂を注入された感覚であり、頑張れると思う。

妻は精一杯生きているのに、俺がこのような精神状態では駄目である。

妻が置いていったカエルの置物を見やりながら、そしてそれはにこやかにこちらを微笑んでいるのだけれども、俺は温かく見守られている感覚を持ち、そして頑張ろうという忘れかけていた気概を取り戻しつつある。

結局のところ、人との繋がりというのは、どれだけ相手に愛情を注げられるかということに行き着くのであり、そのような意味において、愛情を注がれた自分は、やはり、これを有り難く受け止め、感謝し、そして返礼しようと思うのだった。

世の中そういうものだろう。

さて、今から俺は寝ようと思っており、起きたならば、渋谷か新宿のレコ屋か、あるいは読書に勤しむか、多分どちらか、あるいはビデオでも観るか、いずれにしても、少しばかり英気を養って、自身の日常をまっとうしよう。

そうだ、明日は「世界」の定期購読でも申し込もうか、などとも思ったりしている。

無味乾燥な世界というのは、誰かが、水を注いであげれば、随分と変わってくる。

そのようなことを考えた。


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  1. 2007/02/03(土) 17:16:13|
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パチンコやめたい(涙)

真面目にやめられなくなってきた。
また今日行ってしまった。
失敗すればするほど依存度が高まると前回書いたが、まさにその様な感じだ。

さて、今決心したとして、何日持つか。

これはちょっとした闘いである。

明日から、もう一度、やり直し。

リバウンドとか、禁断症状とか、普通に来るらしい。
薬物中毒患者と一緒であるな。

とにかく店の前では目をつむって、通り過ぎよう。


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  1. 2007/02/02(金) 00:17:32|
  2. パチンコ
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パスワード

密かに気になるブログがあって、本日何気なく閲覧しようとしたら、パスワードでロックされていた。
とほほ。
しくじった。

ヘタにコメントとか書いてしまったので、気を遣ってしまったか、気味悪がられたか、いずれにしても、もう閲覧できないので無念である。

結構デリケートな内容だったので、当然といえば当然かもしれぬ。

ブログというのは、そういえば、誰が見ているのか全くわからぬのだから、俺はあけすけと書いてしまうことも多いけれど、これでも結構自制しているつもりだけれど、まーいーかーなどと思ってつらつらと書いていることもあり、しかしよく考えてみれば、不気味なのであるが、でも別に恥ずかしがるような年頃でもなんでもないので、やはりどうでもいいかもしれぬ。

しかし本当に書きたくないことや書いてはいけないことはやはり伏せている場合が多いので、それはつまるところ編集である。

さきのブログは、実に赤裸々だったので、やはりそれはロックされてしかるべきだったかもしれぬ。

本音トークでどこまで書けるかといえば、精々自分のことで、まわりが迷惑を被らない程度であって、あるいは他者のことであれば、それが強者のことであるならば、結構書けるかもしれぬ。

都合の悪いことは伏せるのが人間というもので、かつて、どこかで、独白とか手記とか告白などは、つまるところ、本人の言い訳であるというのを読んだことがある。

確かに俺など言い訳だらけで、行動が伴わない人間ほど言い訳が多くなるものなのだ。

ロックバンドのギャング・オブ・フォーの曲に、そういえば、「action is not my business」という歌詞があったが、まったく、とりあえず先延ばしのこの性格は、死ななければ治らぬ。

明日のために英気を養おうと思って、そして永遠に英気を養っているのであり、そしてそのまま終了するのである。

明日のために今日はもう寝るのであるが、きっと明日も次の日のために寝るのであり、これは即ち簡潔にいうと、ものぐさ太郎くんなのであって、俺は性格がアバウトでテキトーで、ガキだから、困ったくんなのである。

あー、困った困った。

などと、一人で深夜に書くのはどうかと思うのであるが、今日はさきのブログが閲覧できなかったので、その悲しさをちょっと紛らわせたかったのであった。
ただそれだけのことである。

話は全然変わるのだが、阿部薫とエリック・ドルフィーとセリーヌと間章の関係というのが、俺にはよく分からないのであり、決まって、この四つの固有名詞が登場するのだけれど、やはりもっと勉強しなければならぬ。

しなければならぬことがたくさんありすぎる。

ゲシュタルト心理学でいうところの「トップドッグ」と「アンダードッグ」のせめぎあいである。

「トップドッグ」というのは、自身の中に持つ「〜せねばならぬ」等の強い規範意識であり、「アンダードッグ」というのは、「でもいいじゃん」とかなんとか言い訳上手なわけで、この両者が自己の中で対立、葛藤を起こすのであるけれども、俺の場合、アンダードッグ野郎である。

両者の折衷点を見出すのが「センタリング」という作業で、要するに「落とし処」であり、両者が納得する分岐点であり、バランスのとれた結論である。

さて、俺のトップドッグはとても格好いいことをたくさん言うのだけれども、アンダードッグもたくさん言い逃れをするので、つまり理想と現実が乖離しており、それが甚だしいので、俺はブリーダーでも雇おうと思っているのであるが、ビタワンとか、そうか、とりあえず、うまいもの食おう!
そのような結論になったのである。

三度の食事に八時間睡眠である。

あとおやつが大事だ。

などと、また妄想の世界に没入しているのであるが、最近仕事が実にテキトーなので、明日こそは、明日こそは、真面目に働こうと、トップドッグは思うのである。

もう遅いので、風呂入って寝よう。

朦朧としながら書くと、実にいい加減な文章になる。

パスワードでロックかけちまおうかな。
まったく恥の上塗りのような文章であるが、さて、これが公開されていれば、俺はロックをかけていないのであり、つまり厚顔無恥な野郎である。

でもこういうのは勢いであるから、これでいいのだ。

おやすみなさい。


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  1. 2007/02/01(木) 01:51:11|
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