ポリティカルコンパス俺の場合、以下の通り。
政治的な右・左度(保守・リベラル度) -2.6
経済的な右・左度(市場信頼派・政府介入派) -5
あなたの分類は リベラル左派 です。
右でも左でもどっちでもいいけど、とにかく生きやすい世の中になってほしいのです。
そしてそういう思想をおそらく持っています。
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- 2008/06/17(火) 11:56:15|
- 日記
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経済的に市場派か国家介入派かというのはまだわかるとしても、政治的な右左なんていう対立軸(特に今日本で流布しているそれ)は、とっくの昔に無効になっているのだと思います。そもそもここで挙げられているいろんな問題は、改憲にしても靖国問題にしても昭和天皇の戦争責任の問題にしても何にしても、それぞれ本来全く別の問題だし、しかも何を根拠に答えを出すかによって全然立場は違うはずで、それをぜんぶまとめて二つの立場に分類してしまうってこと自体が無理なはずです。しかしほとんどの日本人は、個別の問題について自分の頭で基本から考えるってことをせずに、もっぱら敵対的な感情に従って、世間で流布している安易な対立軸のどちらかに立ってしまっているのではないか。だからちっとも議論が深まらず、感情的で不毛な対立ばかりが続いている。そういう状況なのではないかと思います。
- 2008/06/17(火) 21:04:12 |
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- ほりうち #IpRelWyo
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ほりうち君こんばんは。
コメントどうもありがとうです。
たしかに政治的対立軸というのは個々の事象によって考え方は変わってきますね。
結局のところ、立ち返る場所、土台となる思想は何かというところだと思うのです。
この土台となる思想が場当たり的だというのがほりうち君のいいたいところだと思うのですが、それはその通りだと思います。
表層的な事象を基礎となる考え方を持ち合わせずに議論すれば、「不毛な対立」になるし、そしておそらく、表面的には大きく右から左、あるいは左から右にぶれていく、急旋回してしまうのだと思います。
個々人の確固たる「哲学」が必要だと思うのです。
それにしても、一つ一つの問題をきちんと考えていかないと、こういう課題は永遠に解消されないですね。
あと、自身の話でいえば、自分は勤め人にも関わらず、考え方は国家介入派を支持します。
こうした考え方と、自身の置かれている立場の矛盾というのは、自分にとっては大きなジレンマの一つです。
また、いわゆる左翼的な考え方というものが自分の中にはあるとは思いますが、果たしてそれがサラリーマンに相応しいのかというジレンマもあります。
理論と実践の乖離です。
ところで政治的な対立軸は無効だとほりうち君はいうのですけれど、つまり例えばそれは日本共産党は本当に左派かということにもなると思います。
確かにこの政党には、感覚的に、権威主義的で教条的で、がちがちに固定観念にとらわれていて、どこに「左」としての思想があるのだろうと、常日頃から思っているわけです。
まあ、それはそうと、今回のポリティカルコンパスは、一つの考える目安ということでいいのではないかと思うのです。
土台がないから、個々人の立場は大きくぶれてしまって、指標にならないというほりうち君のご指摘は、確かにその通りだと思います。
- 2008/06/17(火) 22:18:15 |
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- Tatsu #-
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